このブログを始めたきっかけと、今書く意味

心のケアと希望

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このブログに来てくださって、ありがとうございます。
私は今も、波乱の人生からゆっくり立ち上がっている最中にいます。
まだ揺れる日もあるし、立ち止まる日もあります。
でも、その途中だからこそ届けられる言葉があると信じています。

このブログを始めたきっかけ

弁護士探しや裁判所でのヒアリングなど、一番苦痛だった時期がひと段落した頃、久しぶりに友達と話す機会がありました。
ずっと話せていなかった自分の状況を報告したのがきっかけです。

私の話を聞いたあと、彼女も自分の挑戦や辛かったことをシェアしてくれました。
その気持ちに私も深く共感できて、お互いに励まし合えた時間でした。

その会話の中で、彼女がふと
「れんげちゃん、本でも出したら?」
と言ってくれました。

その時は笑って流したのですが、なぜかその一言が頭から離れませんでした。

「私のこの経験って、もしかして誰かの役に立つのかもしれない」
そう思い始めたら、書きたい気持ちがどんどん湧いてきて、ブログを始めることにしました。

アメリカ生活での孤独

私はアメリカに来て23年ほどになります。
来たばかりの頃、寂しさや不安に押しつぶされそうになったことはありませんか。

これから書いていく結婚生活からDV離婚までの話の前に、まずお伝えしたいのは、
アメリカに来て感じた「逃げ場のないような孤独」がとても大きかったということです。

「なんでこの人と結婚したの?」と聞かれることがありますが、
あの頃は家族ともすぐに話せず、寂しさもあったのだと思います。

こちらに来てから彼と出会い、4年後に結婚しました。
そこからは本当にたくさんの苦労がありました。

小さな子どもがいて、怒鳴られることがあっても、
グリーンカードが届いていなかったり、一人で育てる不安があったりして、我慢を続けていました。

「父親はいたほうがいいのかもしれない」
「子どものためには何が一番良い選択なんだろう」
そう考えながら耐える日々でした。

その中で、明らかなメンタル面でのDVが始まりました。

もう無理だ。
今が離婚の時なんだ。
そう確信したのは、上の子が18歳になる頃でした。

支えてくれた家族の存在

ありがたいことに、私の姉と妹もアメリカに住んでいます。私が毎日怒鳴られている間、妹が電話をつないで支えてくれました。

メンタル面のアビュース(言葉の暴力やファイナンシャル面での虐待)は、傷が見えません。
だからこそ我慢してしまい、気づいた時には私のように鬱になってしまうこともあります。

子どもがいなかったら、生きようと思えただろうか。
子どもがいるのにこうなってしまった…と自分を責めていた私を、
姉と妹が必死で支えてくれました。

今の私の気持ち

今でもキツい日があります。
泣く日も、落ちる日もあります。

それでも、こうしてブログを書いていることで、
「あの経験にも意味があったのかもしれない」
「誰かの役に立てれば」
と思えるようになりました。

ありがとう、子どもたち。
ありがとう、妹。
ありがとう、姉。
ありがとう、応援してくれた友達。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
私の経験が、誰かの選択の助けになりますように。

感謝のハート